VISA

【覚書】アンゴラビザ取得への道

アンゴラビザ取得の近道

覚書として残してます

◆アンゴラビザ申請日と受取
申請日 月曜 火曜(午前中のみ)
受取日 金曜日
申請場所 ガーナ アクラ

◆必要書類について
注意→全てA4サイズに揃える
1. パスポート
2. パスポートコピー
3. ガーナビザコピー
4. 自己紹介文(ポルトガル語翻訳)
5. 銀行の残高証明書
6. クレジットカードのコピー
7. 旅行工程表
8. 証明写真 2枚
9. ホテルの予約確認表

2019.03.20 水曜日
ガーナ入国

2019.03.21 木曜日
アクラ移動

2019.03.22 金曜日
今日中に申請を終える勢いで動いた。アンゴラ大使館で必要書類の確認を終えて、ポルトガル語翻訳のレターが必要となった。紹介先の翻訳代理店へ向かうも、何故かイミグレーションへ行く羽目になる。だが必要なし。再度翻訳代理店へ舞い戻ることになる。不要な移動となった。ネットで調べた翻訳代金が1枚当たり50セディに対して150セディを請求。黄熱病カード、国際ライセンスカードなども含めて4枚の翻訳が必要と言い出す。合計600セディ(日本円13,000円)。腑に落ちないのでアンゴラ大使館へ再度確認へ向かうことになる。幸い受付女性がおり確認を取ると、通常料金の3倍であること、不要な翻訳作成が発覚した。

2019.03.23 土曜日
旅行工程表を英語とポーランド語で自作する

2019.03.24 日曜日
休み

2019.03.25 月曜日
アンゴラ大使館へ申請書類一式を持参するも、正規翻訳代理店が発行したドキュメントが必要となり、振り出しに戻る。翌日火曜日に持参することになる。
大使館を後にして渋々元の翻訳代理店へ向かうと冷たい対応。正規料金50セディを伝えても150が正規料金とのことで妥協した。自己紹介文のみで制作代金150の支払い。

2019.03.26 火曜日
作成したドキュメントを持参して開庁時間に合わせて訪問するが、急遽大使館の工事となり受付できないことになる。前日にわかってるのに教えてくれない。明日来てと言ってて休館とか意味不明。木曜日に出直すことになった。

2019.03.27 水曜日
特になし

2019.03.28 木曜日
朝、携帯電話が鳴り11時に来るようにと、守衛から連絡があった。定刻に行ってみると12時半だとすり替えられてしまう。炎天下の中、外で待つことになる。時間になったので大使館へ向かうと、今度は午後3時に変更となる。いい加減にしてと不満を述べるが、守衛に責任はない。一旦ホテルへ戻るが、今度は前倒しとなり3時前に向かうことになった。やっとの事で、大使館へ入ることができた。VISA代金の70ドルを銀行にで支払うことになるが、4時までにレシートを提出する必要が出てきた。既に3時を過ぎている。しかもホテルの予約票コピーを用意してこいと追加が出た。目の前にあるコピー機でコピーしてくれればと2人で不満が噴出した。大急ぎで銀行へ駆け込み支払を終える。続いてコピー。タクシーで戻るも4時キッカリに到着する。受付女性は帰宅準備を終えて正面玄関から帰宅する為に出てくる。守衛に渡してと残し帰路についた。支払ったレシートとパスポートを守衛に預けて、翌日にビザを受け取りに来ることになった。あぁギリギリセーフ。待たないんだね。散々待たせて、終わらない追加作業増やしといてw

2019.03.29 金曜日
意気揚々とパスポートを受け取りに行くと、今度はポルトガル語翻訳ドキュメントにサインがされてないから、来週取りに来て欲しいと口にする。珍しくタケヤンから不満が噴出した。あれだけ不備がないか確認して欲しいと再三言っていたからだ。結局、翌週火曜日を月曜日に前倒しする事で折り合いをつけた。

2019.03.30 土曜日
休み

2019.03.31 日曜日
休み

2019.04.01 月曜日
パスポートを貰える確証はないが、バイクに荷物を括り付けて出発。無事にパスポートとビザを貰うことができた。

今回もなかなか手強いVISAだった。

ABOUT ME
metabon1975
2018年にユーラシア大陸横断 2019年にアフリカ大陸縦断を終えて日本へ帰国。 再度準備が整い次第、南米コロンビアから再スタート予定。 現在は旅先で増加した体重を落とそうと奮闘中。 今後はバイクツーリングやキャンプ記事を投稿します。